平成2年　78ｐ

1. はじめに
地球上に暮らすあらゆる人々の生活のなかには、かぎりなく 変化にみちた豊かな音楽が脈打っている。 気候や風土などの自 然環境、 言語や宗教、あるいは歴史や社会などの環境もまた多 様であり、これらに対応して生活する諸民族は、それぞれ固有 な、そしてその社会のなかでのアイデンティティをもつ音楽を 共有してきた。
音楽は音楽だけの独立した文化として存在するのではなく、 人間やその集団を取りまくさまざまな環境や条件と深くかかわ って存在している。
極北に暮らす人々、乾燥のサバンナに生活する集団、熱帯の ジャングルや海洋に囲まれて生きる人々など、それぞれの環境 に対応して、世界観や思考、美意識あるいは感性や感情を育み それらはそれぞれ固有であり、他の人間集団のそれらとは異っ た様相を示している。 何を美しいと感じ、何を心地よいと感ず るかはそれぞれ異なり、すべて一律であることはない。このよ うな人間の美意識や感性と深くかかわる表現として音楽は存在 してきた。1人1人の個人的感性の差から、大きな民族的集団 に共有される感性にいたるまで、その変化の多様な実態は、簡 単には解説が不可能なほど変化にみちている。 音楽は無限な多 様性をもつといってもいいだろう。
このように、それぞれの異なる諸環境のなかで育まれた音楽 は、従って、その表現の様式や音楽に対する価値観も異なって いるのである。 それぞれの異なった音楽の様式や価値を認める とき、はじめて音楽が多様であるという考え方が生まれてくる。 しかし従来は、ヨーロッパで発達した芸術音楽のみに価値を認 め、それ以外の音楽は未発達なもの、あるいは野蛮なものとい う観念に左右されることが多かったために、非ヨーロッパの音 楽に価値を求めようとする風潮は稀薄であったといえよう。

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