昭和46年　180Pと昭和49年　232P
洋らんは考えさせられる植物である。 これを育て、花を眺め、 さ らにその成り立ちを調べてゆくと、人間の執念とか努力といった、 花の美しさ以外の事柄が、だんだんにわかり、この面で考えさせら れるものが多い。
次に、この植物の成育ぶりを観察してゆくと、数百年も生き抜い してきた逞しさにつくづく考えさせられてしまう。
さらに花が咲きだすと、 その多彩さと、構造の巧みさ、 花型の変 化、といった面で、 他の花にないおもしろさを感じ、自然のもって いる素晴らしさに心うたれるものがある。
今こうして多くの洋らんの花を写すことの出来るのも、過ぎにし 日に、これらの花を求めて、 異国をさまよい歩いた人々がおられたか らである。 世界の地理もはっきりせず、交通の便とて少なかった 200 年も前に、たった一つの花、 たった一つの植物を捜し求め、人跡ま れな密林や、山ふところに採集行をかさねた先人の努力があったか らである。
そして、原種とは別の美しさをもった華麗な花が見られるのは、 その花の改良に一生を捧げた先達の苦労のたまものである。 より美 しい、 より立派な花を、 と努力した、 その執念の集大成が現在にみ る改良種である。
私達はこれらの花を見る場合、 きれいだな、 という外観だけでな しに、その花を発見したり、育てたり、改良して下さった方々に感 謝の思いをこめて眺めたい、と思う。
また、遠い南半球から、あるいはアフリカ大陸の南端から日本へ やってきて、温室という限られた場の中で、一生懸命咲いてくれる 花達にも感謝したい。

原地にあったならば、伸び伸びと根を伸ばし、 清らかな風と、明 るい光の下に、逞しく生きていたであろうが、 今は鉢という暗くて 狭い中にしか根をはれず、都会の片隅のうすよごれた光と風の中で、 必死に生きて、精一ぱいに咲いている花を見ると、何か望郷の歌が きこえてくるように思える。
洋らんという世界にとびこんで、もう30年近くになる。 はじめは 花の色や形のすばらしさに魅せられ、がむしゃらに育てることのみ しか考えつかなかったのだが、今になると、 洋らんのもつ深奥さと、 神秘さに、こわさも感じてきている。
本書は、このような経験と考えをもった者が、 その花の美を多く の方々に見ていただきたい、という願いのもとに企画したものであ る。 美しい花の素顔を通して、異国の山や野に咲く花を思い浮かべ つつ、幻の花を求めて歩く人間のロマンをゆっくり味わっていただ きたい。そして、便利さや、合理性のみが先行し、すべての面でう るおいと、ゆとりが少なくなっている現代生活のつかれを、この本 でいやしていただければ、と思う。
終わりに、出版企画をして下さった星野慶栄氏と、すばらしい写 真を撮影して下さった二村次郎氏、撮影に積極的なご協力をいただ いた方々には、心から感謝の意を表したい。

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