「好き」の因数分解
最果 タヒ
定価: ￥ 1200+税

#最果タヒ#本 #随筆

出版社からの内容紹介
ここにあるのは、好きを飛び越えた私そのもの、もしくは、
私さえ飛び越えた、生きることであると信じているから。 ―― 〈はじめに〉より

48の「好き」を、3層のテキストで書き分けるという挑戦。
最果の「平成カルチャー論」であり、かつ、横溢する愛の読み物。

ファッション誌「FUDGE」の大人気連載を主に再構成し、大幅加筆、書き下ろし多数収録。

クロード・モネ
昔からモネが好きで、しかしモネが好きっていう言い方もなかなか雑だな、といつも表明してから思う。…略…。
ただモネがきっと見ていたであろう世界そのものが好きだった。その世界を見つめている、彼の瞳に憧れていた。景色は、いつも光が物質と混ざり合って、できている。光なしで私たちがなにかを見ることなんて決してできなくて、美しさとは光によって作られているのだ、ということ。そのまぶしさに目を細め、まばたきを混ぜながらでしか景色を見つめることはできないのだというそのことを、モネの絵は思い出させてくれる。美しさ、というものがまぶしいものであるということを、誰よりも知っているのがモネの瞳だ。私はそう信じていたし、だからこそモネの絵が好きだった。………

画家。とにかくまぶしくて、美しい、というのが私の昔からの印象で、実際に作品を見直すと、思っていたよりまぶしくない、といつも思う。情景が降りてくるというより「見る」が降りてくるかんじ。絵を見たあとは、瞳の中に光があふれているらしく、外に出たあとで、さっき見たモネの絵は本当にまぶしかった、美しかった、と思い直す。光の中に飛び込んでいくような、そんな涼しさが体に残る。

絵画
地中美術館にはモネの描いた花畑を再現した道がある。そこを歩く間、現実よりずっと絵の中にある花がきれいだと思った。けれど正確に言えば「あの絵を見たそのとき、モネはきっとこんな花畑を見たんだろうと想像していた花畑の方が、きれいだった」ということであって、そんな花畑はもしかしたらモネの前にだってなかったのかもしれない。実は、私の頭の中にしかない風景であるのかもしれない。絵画を見つめることの価値は、そこにこそあると思います。私は私の内側に、私にも画家にも、見つけられない、この世にはない景色を見つけるんだ。

美品