江戸文化に魅せられた筆者が、興味が尽きない江戸時代の文書から読み取れる主に文芸、絵画、思想などの分野に関するおもしろネタを披露した一冊。江戸時代の文化を鑑賞、評価するためには、大まかに江戸時代を三分類して考えてみようというのが筆者のおすすめ。前期は元禄をピークとする西鶴、近松、芭蕉の時代、中期は享保の改革から寛政の改革まであたりで国学蘭学が発展した時期にあたり上田秋成、平賀源内、杉田玄白、恋川歌町など。後期は化政期から明治初期（江戸時代生まれが大半）までで、一茶、山東京伝、十返舎一九、馬琴、三馬、北斎、春水、柳亭種彦などが活躍。前期は上方文化優勢の貴族的伝統文化、「雅」の時代で、後期になればなるほど江戸の庶民文化、「俗」な文化が優勢となる。



浮世絵であれば、前期は菱川師宣、懐月堂派の美人画であり、美人の立ち姿、健康的な丸顔、背筋がピンと通った押し出しの良さが特徴。俗なる絵が浮世絵とはいえ、凛とした風格がある。中期になれば春信の繊細な姿、清長のスッキリとした八頭身美人、歌麿首絵の水の滴る艶姿、生身の女性の肌のぬくもりや匂いまでを慢心に込めながら低俗に堕さぬ品格を感じる。後期になると猫背、猪首の五頭身とも言える姿、腺病質のような中に美を求める。雅から俗への変遷はここに典型を見る。



享保の改革では出版に関して重要な決定がなされた。発刊を禁じたのは典拠不明な勝手な説、好色本、人々の家筋や先祖に関する憶測、作者や出版者が明記されないもの、徳川家に関するもの。弾圧令にも見えるが、版権の保護を意図した内容でもあり、近代的出版の嚆矢とも考えられる。寛政の改革においても、異学の禁、戯作の禁令などの統制的管理が強化されたが、本来の文学が禁止されたわけではなく、黄表紙、洒落本が取り締まられたと考えれば、「武士たるものはその本分に戻るべし」という至極真っ当な政策だった。



江戸時代の文化は西高東低から徐々に東漸し、浪速、京の上方物への単純な江戸自慢から始まり、経済的中心地が上方から江戸に移動していくと同時に、文化を支えるスポンサーも東漸、出版の量と質も東漸していく。江戸っ子の啖呵のような山東京伝の洒落本の中に生まれてきたのが江戸っ子気質でありアイデンティティだった。

定価: ￥ 836　税込み



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