《品切稀少本》
美術史
ダナ・アーノルド / 鈴木杜幾子
岩波書店
定価: ￥ 1650

巨匠の傑作や様式中心の考え方を批判し，美術を社会や文化，人間との関わりの中で捉えかえす現代の美術史学は，何をテーマとし，どんな議論を行なっているのか．イースター島の巨像からモネの絵画，前衛芸術，さらにはビデオゲームのキャラクターまで，多様な視覚的素材を用いながら，美術について考えるさまざまな視点や方法を解説．

伝記的な歴史の場合には、一人の作品のうちに若い時代、成熟期、そして老年期の形跡を探すことになる。この作業は画家が長生きした場合にはよく機能するが、夭折はこういった物語的な曲線に当てはめることはできない。クロード・モネの初期の作品『ケシ畑』(1873)は、『ルーアン大聖堂』(1894)や『積み藁』(1891)を描いた作品に見られるような、同じ対象を一日のうちの異なる時間に描いた1880年代、1890年代の一連の仕事とは違う。とはいえ、これらには、光や影への関心とか造形の手段としての色彩などを重視するという共通性を見てとることが可能であるが、モネの経歴のなかのそうした局面は、後期の仕事、ジヴェルニーの日本庭園の蓮の池を描いた大きな作品のような後期の仕事とは異なっている。
こういった伝記的アプローチは画家を彼らの歴史的文脈から切り離してしまう。モネの後期の仕事が20世紀の初期に描かれたことを私たちはしばしば忘れてしまう。同時代にはピカソがキュビスムの実験をしていたのだ。

すでに論じたように、通常年代順に陳列される様式・流派別の作品展示方法は、美術史を支配してきた目的論的な体系づけを押し付けかねない。しかし、これには大衆に受け入れられやすい要素がある。例えば1986年にオルセー美術館がパリで創立された際には、歴史的な展示方法がより幅広いアピール力をもつとして採用された。だが、これは明らかな歴史的発展の物語が存在する場合においてのみ成功が期待できる。オルセー美術館の場合、19世紀半ばのフランス・アカデミー絵画からマネなどの印象派、新印象派や後期印象派への流れがあり、全体が整然とした一まとまりとしてうまく作用している。また、この美術館の建物自体が19世紀の駅舎を改築したものであり、当時の美術の「審美的」史的体験ができるということもそこに加わっている。


ほぼ美品