本物を目にすると、それまでの感性は洗い流され、芸術は違って見えてきます。
「花の色 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」
秋の草が生い茂る土手の上で、杖をつき、上空には雁が飛んでいます。
この絵は小野小町の句とは異なり、絶世の美女と呼ばれた小野小町が、老いで姿を変えていったとしても、秋の草花のなかで澄んだ空を見上げ、わが身を置く世界で感じるものを胸の内に抱いている詩人の美しさ、まだ言葉とはなる前の純粋なものが胸いっぱいに満ち溢れ、これから詩句が口元からこぼれだすような、「目に見えぬ美の美人画」を初めて描き現わしているかのようです。
人の表情とは、その人の心が生み出すものであり、百人一首では後ろ姿しか描かれることのなかった小野小町を、ここまで大きくはっきりと描いたのは、彼が初めてではないでしょうか。
河鍋暁斎の豪傑さが斬新な挑戦を生み出し、彼の美学・哲学もまた類まれな才であることが分かります。多くの人が目に触れる機会のない、異色な作品とはなりますが、彼の浮世絵や狩野派で習得した日本画などの知識・経験・技術が一つに集約され、彼の思考や感性が絵筆によって、自由に羽ばたくように完成させられた作品であり、とても美しいです。日本画でも浮世絵でもない、新たな境地がここにはあり、木版だからこそよく分かる、彼の線の完璧さ・美しさをご堪能ください。
肉眼を通じて意識では捉えにくいところまで描かれており、作品を完成させるうえでのこだわりもあります(瞳孔)。絵に命を吹き込む一点とも言えます。

晩年の小野小町
制作年1831-1889
木版画　約33.3cm×45cm(一般サイズより大きい)

「その手に描けぬものなし」、「一人の絵師の中に何人もの絵師がいる」と云われ、最後の狩野派の一人、葛飾北斎の後継とも呼ばれる、日本の歴史の中でも屈指の絵師。詳細はインターネットでお調べください（川に流れる生首や町の大火事の逸話、人々の喧嘩を描写することに学ぶなど。幼き頃から画才があり、狩野派の免状は通常12年の修行が必要だが、彼は9年で取得）。彼の弟子には、三菱一号館美術館を設計したジョサイア・コンドルがいて、彼らの友好は最期まで続いたそうです。
ご購入後の対応はいたしかねます。