世阿弥の恋　うつぼ舟 4
梅原 猛
定価: ￥ 2500+税

哲学者・梅原猛が、世阿弥の恋の能で、「日本中世の闇」を解き明かす。
梅原猛が、花と月の世界で、世阿弥に出会う――。世阿弥は能で何を語ったか。世阿弥の代表的な恋の能17曲を、「恋・狂・闇・老」の視点で読み解き、作品に秘められたその思想と心に迫る！

「中世の注釈書」では、『伊勢物語』の23段、24段に出て来る女や、17段の桜の下で人待つ女を、総て業平の妻である紀有常の娘と解釈する、世阿弥はこのような注釈書を踏まえて『井筒』を作った。
…。世阿弥は舞台を大和の石上の在原寺にとる。在原寺はかつて、業平の邸があった所で、在原業平が幼な友達の紀有常の娘と井筒の傍で背を比べて遊んだ場所であり、また、業平が有常の娘と一緒に住み、有常の娘が他の女の許へ通う業平の身を案じて歌を詠んだ所でもある。………
〈第二章「水鏡の女」より〉


世阿弥も若い時から、上層階級への参入の門口と理解し、「文化」として尊崇・帰服していた権威「歌道」。その社会で本文解釈に多くの「秘伝」を生んでいた『伊勢物語』の世界を、この「井筒」は独特の視点で脚色しています。23・4段が題材ですが、中世の『伊勢物語』の理解は現代のそれとは根本的に違いました。
「むかし、男」とある冒頭を総て「昔男」とあだ名された業平個人と決めてかかり、この前提から、幾つかの段の内容・人物を、一連の歴史上の人物に比定し、隠された裏の物語を再構成して鑑賞するものだった当時の解釈は、容認しなければなりません。歌物語であると共に政界の男女関係の裏事情の暗号でもあると思われていた、歌人必須の教養書『伊勢物語』とその「秘伝」による理解。世阿弥もこの「文化圏」の常識にそって、能を作ります。
………。
世阿弥のシテ紀有常の女(むすめ)は、
” 紀有常の娘は、隣同士住んでいた幼児業平と遊びあっている内に恋し、成長に伴って結婚する。しかし業平は河内の女に心が移り、夫婦の危機が来るが彼女の貞淑で乗り越えた。しかし業平の恋の病は続き、彼女は三年遺棄される。当時の習慣法で三年離れていた男女は再婚が許されるので、別の男と新枕を交わそうとしたその時、業平が訪れ歌を詠んで去る。彼女は業平を追うが追いつけず、清水のほとりで息絶えた。”
〈堂本正樹『世阿弥の能』(出品中)
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